さまざまな病気を引き起こす要因として近年注目される“慢性炎症”。実は病気だけでなく、肌の健康にも大きな影響を与えることがわかってきました。そんな慢性炎症をキーワードに、肌トラブルの本当のメカニズムについて、第一三共ヘルスケアの研究員、辻恵子さんにお話を聞きました。
H&B 研究所
有用性研究グループ長
医薬品・スキンケア・オーラルケアの製品や成分の有用性・安全性の評価や研究を担い、製品の品質や効果追及のためのエビデンスを創出している。
目次
気づかないうちに体の中で“火事”が起きている?― 炎症の正体とは
炎症には大きく 2 つの種類があることをご存じですか? まずは、炎症が起きる仕組みと、そのなかで慢性炎症に注目が集まる背景を語っていただきました。
炎症は”火事”か”ぼや”か ― 2 つの炎症の違いとは
まず、前提として、炎症には急性と慢性があります。私たちが一般的に思い浮かべる炎症、たとえば風邪を引いて喉が痛い、怪我をして患部が痛い、腫れている、などの症状を、医学の世界では急性炎症と呼んでいます。一方、自分では気付かないほどの微弱さで長く続く炎症を、慢性炎症と呼んでいます。
たとえるなら、急性炎症と慢性炎症は、“火事”と“ぼや”の違いです。急性炎症はバーッと炎が上がった状態で、それに気がついた細胞たちが迅速に火を消して元に戻してくれます。それに対して、慢性炎症は見えないところで火がくすぶっている状態。誰にも気づかれないまま広がっていくイメージです。

なかなか難しいといわれてます。血液検査での炎症の値を見ても、正常値か、少し高い程度の値しか出ないからです。だから、知らず知らずのうちに炎症が進んでしまって、気付いたときには修復できない状態になっているような怖さがあります。
なぜ今、世界的に「慢性炎症」が話題に?― 私たちの老化につながるその理由
慢性炎症が注目を集めている背景には、エイジングとの関係が次第に明らかになってきたことがあります。さまざまな研究で「慢性炎症が老化を引き起こす要因として深く関わっている」ことが示され、その知見がまとめられる形で世界3大科学誌の一つ『Cell 誌』誌にも掲載されました。こうした科学的裏付けが積み重なったことで国内外でさらに注目されるようになりました。
動脈硬化や心筋梗塞、糖尿病など、いわゆる生活習慣病のリスクは加齢とともに高まりますが、慢性炎症がそうした病気の原因の一つであることがわかってきました。つまり、慢性炎症を放っておくと病気にかかる恐れが高まるということです。
慢性炎症は弱く長く続く炎症であることから、気がつかれないまま長期に渡って炎症が続くため、継続的に血管や臓器傷付けられることによって損傷が蓄積し、病気の原因になるとされています。

慢性炎症を引き起こす「ゾンビ細胞」
では、なぜ慢性炎症は起きてしまうのでしょうか。そこには、もう一つのキーワードとなる老化細胞(ゾンビ細胞)の存在が関係しています。
生活習慣やストレスだけじゃない、”静かな炎”が燃え続ける原因は?
たばこのように体内に摂取したものが与える刺激や、紫外線などの外的な刺激、ストレスのような精神的な刺激など、さまざまな要因で引き起こされるとされています。また、細胞の老化も原因の一つといわれています。
大小さまざまな炎症が身体の中で起きることを防ぐことは難しいですが、問題は、炎症が起きた細胞をもとに戻す力が私たちの体にあるかどうかです。本来の健康な体であれば、炎症が起きたとしても、体内の防御システムによって炎症を抑えることができます。しかし、何らかの原因で炎症を抑えきれず、炎症が残って継続した場合、その細胞だけでなく周辺の組織にまで徐々に炎症が広がっていき、結果、慢性的な炎症状態(=慢性炎症状態)になってしまうのです。
様々な原因が考えられていますが、原因の1つに、継続的に刺激を受け続けることで、細胞が元気な状態に戻ることができず、さらに周りに炎症を広げることが考えられます。例えば、たばこが原因で炎症が起きた場合、たばこをやめればそれ以上の炎症は起きにくくなりますが、たばこを吸い続けてしまえば弱い炎症によるダメージがどんどん蓄積され、最終的にはもとに戻ることができなくなってしまうというイメージです。
慢性炎症の引き金となる「ゾンビ細胞」 ― 年齢を重ねるほど増えるその正体とは
老化細胞とは、細胞の機能が衰え老化し、先ほどお話ししたような炎症因子を出してしまう古い細胞のことです。この炎症因子は、総称してSASP因子と呼ばれます。SASPとは「Senescence-Associated Secretory Phenotype」の略で、日本語では「細胞老化随伴分泌現象」と訳されます。
すべての細胞はいずれ死ぬ運命にあり、生まれては死ぬサイクルを体の中で繰り返しています。しかし、ちょっとしたエラーが起き、本当は死ななければならないのに生き永らえる細胞もあります。代表的なエラーとして挙げられるのが、がん細胞です。がん化した細胞は健康な細胞のようなサイクルに乗らず、元気に生き続けてしまうので、どんどん増えて命を奪ってしまうこともあります。
細胞ががん化することを防ぐ方法として、細胞を老化させる“老化細胞”が生まれると言われていますが、老化細胞はその機能が衰えながらも生き続け、周りの細胞に悪影響を及ぼすことから、「ゾンビ細胞」とも呼ばれます。

「ゾンビ細胞」の増加で発生する私たちの体への悪影響
そうですね。先ほどお話ししたような老化細胞が出すSASP因子が血管を傷つけてしまうことで、動脈硬化や高血圧などの生活習慣病のほか、他の臓器にも悪影響を及ぼすという研究結果も報告されています。
老化細胞だけを除去する医薬品(Senolytic drug)を作る動きは何年か前から見られます。動物レベルではかなり研究が進んでおり、老化細胞を除去した結果、周辺の組織が回復したといった結果も得られ始めていますが、まだ実用化には至っていません。
研究の中で見えてきた皮膚での慢性炎症
第一三共ヘルスケアでは、皮膚における慢性炎症の研究にいち早く取り組んでいます。
第一三共ヘルスケアで皮膚に着目した理由とは
私たちの研究で、年代別に皮膚の細胞の炎症性物質の量を測定したところ、20~30代と比べ60~70代の細胞中の炎症性物質の量が多い事が確認できました。また、シミやシワなど、エイジングの方が悩む肌トラブルの多くに、メカニズムとして炎症が関連していることが報告されています。これらのことからも、皮膚でも慢性炎症が起こっている可能性があると考えています。
私たちの皮膚の奥で燃える”静かな炎” ― 慢性炎症が起きるとどんな悪影響があるのか?
炎症が続くことによる肌のトラブルはさまざまありますが、そのなかでもエイジングの悩みであるシミやたるみ、しわに加え、肌の乾燥にも深く関連しています。炎症は皮膚が正常に生まれ変わることも邪魔するため、表面の凹凸にもつながり、透明感に悪影響を与えます。
表面にもあるかもしれませんが、私たちは皮膚の奥の層にある老化細胞に着目しています。
皮膚は、表面でバリアの役割を果たしている角質層と、アミノ酸やセラミドのもとを作りながら角質層に生まれ変わっていく表皮層、その下でコラーゲンやエラスチンなどによって弾力性を作り出している真皮層の3層でできており、それぞれの層で細胞の種類が異なります。
真皮層の細胞は、皮膚の奥にあるため、表皮のようにターンオーバーによって外に排出されることはなく、表皮層にいる細胞(表皮細胞)と比べて、長く真皮層で生き続けることができます。それゆえ老化細胞も居座りやすく、3層のなかで最も老化細胞が一番とどまりやすい層だと考えられます。そのことに私たちは着目しています。